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上方落語関係の〇〇について探求してみます
こんにちわ、うーーーん、っと、特に事情があってのことではありませんが、
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平成19年10月30日放送のABCパワフルアフタヌーン「上沼恵美子のこころ晴天」

平成19年10月29日放送につづいてエミちゃんお休みのため、若井みどりさんとアナウンサーの清水さんが担当。

 今回はみどり姐さんの修行時代について、注釈が要りそうな気もすんですが、どこまで入れるか迷うのでとりあえずそのまま。
松竹芸能~ケーエープロ~吉本興行と戦後の大阪の寄席(マンモス演芸場)の裏側を見てきた若井みどり姐さんの修行時代のはなしでございます。

清水:僕昨日聴いてたんですけど、みどり姐さんすごいですね!ビックリしました聴いてて。
若井みどり:楽屋噺を
清水:楽屋噺も面白いんですけど勉強になりました。
若井みどり:ただの楽屋噺を。昔懐かしい。寄席小屋の雰囲気がね、あった劇場の時の話ですけどね。
清水:いろいろあったんですねぇ。でももったいないですよ。みどり姐さんそのうちまぁ死はるやないですか
若井みどり:ほっといてぇな!そんなん。いつ死のうと私の勝手やろ
清水:まぁいつか、いつかですよ。あれだけのいろんな情報をそのままにしておくのはもったいないなと思いまして。
若井みどり:いやそんなことないですよ。他の人もっと持ってはりますよ。私らホンおとなしい人間やからね。耳から入ってくる情報も少ないですけど。
みんなもっと持ってはりますよ。言うたのは古い話やったらエミちゃんと子供のときに逢うた、とかね(笑)。
清水:びっくりしましたよ、聴いてて。そんな古い時代からのお付き合い。
若井みどり:その時エミちゃん知らんでしょ。私はもう大人やったから知ってるだけで。エミちゃんちっちゃいちっちゃいから周りに誰が居るか全然。お父さんが好きで連れてきてた子やからね。
清水:お父さんが真ん中で姉妹ふたりが横やったってねぇ、あれもエー!?思いました。
若井みどり:おもしろかったですよ。十いくつ違いますねん。一回りぐらい違うんちゃう。たぶん。
清水:どんなんなんですかねぇ。10いくつぐらいで連れてこられて漫才やって
若井みどり:自分でもやっぱり唄が好きとかうまいとか、あんまりそない嫌でも・・・漫才は嫌やったかも分かれへんね。唄やったら、歌手になる仕事とかコンテストとかやったらホイホイ行ったかも分かれへんけど。
漫才師はいややったんやと思うわ。たぶん。性に合わへんかったと思うわ。あの、楽屋の雰囲気がね。若い時でも。お姉ちゃんはね、お父さんがせえって言うてるから、おとなしい子ですからね。ほんで弟子に入って。ほんで歳がちょっと開いてるからね。5・6っこ開いてるでしょ。
そやからお姉ちゃんが先高校出て入って。ほんでお浜・小浜師匠とこついて、ほんで一生懸命身の回りの世話をして。
エミちゃんはその時学校へ行ってやるから。土曜とか日曜とか夏休みとか、その時にたまたま師匠が劇場へ出てはったら、劇場に顔出すぐらいやったから。そんなに楽屋へはいてなかったような気がする。
ほんでその小さい事務所にお浜・小浜師匠もウチの師匠と一緒に移りはって、自分らはプロで始めはったからもうずっと来てはったけど。
清水:昨日聴いてましたけど、楽屋の雰囲気って独特な・・
若井みどり:これもね、会社によってちがうんですよ。今の松竹芸能と、私らのおった松竹芸能から別れた小さい事務所があったんですけど。そこらは枝分かれですから、よう似た雰囲気なんですよ。
松竹と吉本っていうのは全然違う雰囲気なんです。松竹っていうのは古いおっしょさんの塊ですわ。巣ですわ。今でこそ松竹もあんなに若くなってもう歳のお師匠さんそんなにいてはらへんと思います。
吉本はいてはったんはいてはったんですけども、やっぱり若い人が多かったからですかねぇ。ほんで新喜劇と一緒やったからかもわかりませんが。雰囲気がぜんぜん違いますもん。
清水:当時はまだ(吉本は)新興勢力やったんですか?
若井みどり:吉本自体は古いんですよ。アチャコ師匠も藤田まこと師匠もいてはったし、白木みのるさんもいてはったし、ね。古いんは古いんですよ。そやけども、そんなに一生懸命やってはれへんのかなぁ(笑)
寄席だけをやってはれんかったから。プロレスしたりとかね。亡くなりはった正之助会長がね。終戦直後にね。テレビが出てきたあの頃にね。プロレスをやってはったりとか。興行師やねんね
松竹はね、漫才を育ててるという、秋田先生がいてはりましたからね。秋田実さんという漫才作家の、東大出の。その方が大阪の漫才を質を高く・・・。
ネタって言うのは昔はひとつかふたつかみっつかよっつありましてね。
決まったネタがだいたいあったんですよ。それは誰が作りはったんかわかりませんが、みんなそういうネタを、劇場って決まったん昔はなかったですから地方が漫才は多かったらしいですやん。
そやからひとつネタがあれば誰かがそれを場所違うからね。誰かが前で四角いネタしてはるな、ほなウチはあの丸いネタで行こか、と。誰かが順番にそのネタをやってはったらしいです。
ほんで技術的に三味線でなんかをしはるとか、そういう技術は自分の技術ですからね。後ろ向いて面かぶって踊りはるとかね。そういう芸は持ってはったんですけど、ネタ的には、みんなが共有出来るネタがあったみたいです。
ひとつは芸を持ってはりました、昔の方は、特技を。魅せる特技をね。それをちゃんとした漫才で自分の台本ていうものを作って漫才をせなアカンていうて、ラジオで漫才学校とか、ABCと違いますか? はい「漫才学校」秋田Aスケ・Bスケ、蝶々・雄二、いとし・こいしさんとかね。
そういうのをやって漫才というのを上げて行きはったんですよ秋田先生が。漫才のネタっていうのは秋田先生がやりはったんですよ。
松竹芸能はそこに根本がありましたから、全然違うんです。ほんで台本書きの先生、ホン書きの先生、漫才作家を作っていきはったんです。足立克己さんとか、いまやったら中田明成さんとか大木あきらさんとかもういろんな方いらっしゃいますな。台本研究会ゆうのを作りましてね。
まず作家を育てなアキませんから。それまでは全部漫才師が自分で書いてたんですよ。私らでも入ったときは貰えませんから。
清水:やっぱりちょっと上いかないと・・・
若井みどり:貰えません。貰えません。放送に出られるだけの実力がなければ貰えないんですよ。せやからまずは自分で書いとく。それは自分で書いたら、いただいたネタが若いホン書きの方、未熟な方が書いてもそれを直せる力を自分でつけろ、と。それで、勉強がてらに自分でまずは自分のネタを3年・4年5年ぐらいまでは自分で作ります。

<台本の書き方(略)>

若井みどり:私がねデビューした時は3年間弟子つきながら、舞台があればヘルスセンターとか、当時ヘルスセンター言うたんですが、今のなんていうんですか?
清水:健康ランド
若井みどり:そうそうあれの前身。あんなとこへ10日間ぐらい入れていただいたりとか。そんなんでネタ勉強するんですけどね。その時は3年間私ボケしてたんですよ。
清水:えっ!?
若井みどり:ほんでこづえちゃんが4年目ぐらいの時に、「ボケをしたい」と(笑)
清水:或る日突然ですか?
若井みどり:「私ボケするわ」と。「へっ?」て言うて・・
清水:最初はどうやって決まったんですか?ボケと突っ込みは?
若井みどり:私が誘たから。私が優先権持ってたん(笑)。ほんで得な方とったん。ボケをね。ボケが得か、思えへんねんけど。なんかようけ喋るから目立つやろ、と。得な方やろ、と思たんやろね。
子供やから、わかれへんから。ほんでこづえちゃんもそのうち、「ボケ得やな」と思たんやろな(笑)。ほんで「ボケする」と。ほな私がさそてるから「嫌」ゆうてやめられたら困んねや。
そやから「どうぞ」と言うて。ほんでやり出してんけど、ツッコミとボケが3年もするとね。人間の中に入り込むねんね。ほなそれをお互いツッコミを放ってボケになる。ボケを放ってツッコミになる。それが中多半端やねん両方共。
ツッコめるような、ツッコまれへんような(笑)。ボケれるような、ボケられへんような(笑)。そやから漫才グチャグチャ。ボケのツッコミになるわけや、一回笑ろて「エヘヘへ・・アホ!」とかね。「アホか!」とこう言われへんねん。
それ取るのにね。ものすごいかかりましたね。何年とかかりましたね。そやからウチの漫才はあっちいフラフラ~こっちいフラフラ~。長いことかかってますわー。
そらもう恐ろしかったですわ。ほんで衣装を変え」言われてね。最初はねミニスカート流行ったんです(笑)ツイギーが来てね。みんな世の中ミニスカートですやん。若いから履きたいですやんか。舞台で履いてねぇ、小円・英子師匠に怒られてね(笑)。「女の芸人がなぁ、膝から上出すな!」
言うて。昔は普通の家の長屋といっしょですから、他のおっしょはんがみな怒る、若い奴をね。もうそやから近所のオバちゃんがみな怒る。怒られても自分の親は黙ってる。「言わんといて、うちの子やほっといて」とは言いません。
「怒られたらスンマセンゆうて謝んなさい」ゆう感じや。みんなが寄ってこって、若いもんおれへんからね。もう言われ放題ですわ。なんでも。
「道で逢うて知らん顔したー」とかね。「挨拶せえへんかったー」言うて、年寄りのおっしょはん、捨丸・春代師匠ですわ。もう忘れもせんわ。神戸松竹ゆうところがありまして、神戸の松竹座。新開地でね、細~い道がありましてね。
裏、福原のね、遊郭の筋がずーっとあるね。昔の寄席てたいていそうゆうところにありますやん繁華街のね。ほなその細~い道をね、捨丸春代師匠がお昼ごはん終わって、向こうの方から歩いて来はったんです。年寄りや思てバカにしてます私らね。
そんなに遠くから目は見えんやろ・・・私らのこと気ぃつかんやろ、思てね、知ら~ん顔して横シュ~ッと曲がったんや、そしたらそれ見てはってね。「道で逢うても挨拶せん~!」ゆうてね。「はんちゃん!」うちのはんじ師匠のことや。「はんちゃん!アンタとこの弟子なぁー」ゆうて大きな声で怒られて。
「お前ら師匠に逢うたら挨拶せんのかー!」ゆうて・・・もう・・死ぬほど怒られましたわ。・・・手前曲がりましてん、逢うの嫌やさかい。挨拶せんなんし、若いからね。もう、なんかうっとしぃいうのんがあるし。見てはりましたわ。ようあんなんで怒られました。
 新花月ゆうて新世界にね。ジャンジャン横丁にあったんですけど。楽屋がひとつしかないんです。大きな楽屋がひとつ。奥から順番におっしょはんがダッダッダッて、私らもう上り口ですわ。舞台に出ながらおっしょはんの用事をする、
お茶子のお姉さんいてはるんですけども、その人がせんでもええぐらいの用事を私らがせなアカンのです。もう次から次から出番出はるでしょ。みな昔は着物でしたんや。着物と袴。
それをたたむ。まず自分らがトップに出てね、パーー衣装脱いでね、ほんでたたむ、次のおっしょはんにお茶子さんが着せてはる。忙し忙し。その間に出前の注文に行かなあかんねん。
取りに行かないかん。片づけないかん。着物たたまないかん。疲れきる。ほんでその時は新花月は一日三回やったんです。朝の9時からね、終わんの夜9時ぐらいですわ。一回目がねみんな20分ですわ高座がね。せやから長いんです一回が4時間ぐらいあるんです。
ほんでね、あまりのシンドさに・・なんぼ若かってもシンドいですわ。休みたい・・・ゴハンもちゃんと食べたい・・・ほんである日ちょっとサボって、前に喫茶店があるんです。そこへ台本のノート持って、さも台本勉強してますいう感じで喫茶店行った。ほんで
2階で、1階はみんな来はるから、バレたらイカンから、2階の隅で、ノートかーっと広げて、作ってる風なフリして、上がって来はっても困らんように。
それ3日ぐらい続けとったん。ほんだら師匠がね、その時ウチの師匠(人気が)登りかけ。ものすご忙しい時ですわ。お昼おれへんのですよ、仕事に行ってね。ほんで帰ってきたらまた言われて「はんちゃん!アンタとこの子なぁー(笑)、昼おれへんで!ズッとな喫茶店行ってるわ!(笑)」
言われて、「お前ら!なにしとんねーーーん!」言うて怒られて。
清水:ちゃんとバレる
若井みどり:バレるんです。何しててもバレるんです。もうがんじがらめ。そやから稽古するときはその新花月の屋上に、そこに穴が開いとって下が中華屋なんですけどね、そこの煙突のとこでね、大きな声で稽古するんです。
「こんにちはー、若井こずえみどりですー!」言うてね。ほんならね、一回目はいいんですけど、毎日おんなじネタするでしょ、中華料理屋のオッサンが怒んねわ、「やかましわーお前らー!」

若井小づえ・みどり 定番「ブスにブス~女は顔や」


これは・・・ナイトinナイト??


若井はんじ・けんじ@お笑いネットワーク


※「お笑いネットワーク」の映像は時期によってお客さんの反応にずいぶん温度差があります。演芸が盛り上がっていた70年代は「ウェ~」と観客の反応があるのですが、70年代後半~80年代の演芸人気に陰りが出てくる時期は、客席はスカスカで反応も悪い時があります。
記憶では、南海ホール(後の心斎橋2丁目劇場)での公開録画で、しかも事前募集というよりは、道歩いてる人がふら~っと入ってくるという、今では考えられない方式で。確か毎週○曜日が収録と決まってたんですけど、入り口に張り紙してあるくらいだったので、暇つぶしの人とか多かった記憶があります。そのあたり考慮して見た方が良いかと思われます。
漫才ブームの時もこの会場だけはほぼ通常な雰囲気(どちらかというとあの時期の漫才ブームの方が異様だったのかも知れません。すぐ終わったし、東京収録だし)とはいえ貴重な映像が多いのでぜひまたCSで再放送して欲しいですね。
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