その1 「けったいな人たち 」のつづき。
・対談 「上方芸人気質」 藤本義一・笑福亭松鶴 その2 「落語家は死なない」
昭和50年代に<実業之日本社>から発売された落語レコードのシリーズ「六代目笑福亭松鶴」のライナーノーツに藤本義一先生と六代目松鶴師匠の対談が収録されていました。
にほんブログ村落語家は死なない 藤本 結局、奇行というか、けったいなことをしはるから、落語家になりはったのか、落語家になりはってから、けったいになっていったのか、どっちです?
松鶴 やっぱしわたしの場合は、しょうことなしに落語家になりましだけど、昔の、落語家になった人は、みなけったいなさかい落語家になったんでしっやろな。もともとけったいな人ばっかしだっせ。
藤本 そのけったいな人が、何で理路整然とした噺ができますんやろな。
松鶴 そこが、やっぱし商売でっしやろな。
藤本 政治家みたいなんやったら、わかりますけどね。たとえば一生に一つしか噺をやらぬ人もあるんでしょう。
松鶴 一つのネタを終生やりはった小雀さんちゅう人は「有馬小便」、これだけでした。ほかのネタは何もおまへんなんだな。
藤本 それ一本で何年くらい?
松鶴 さあ、やっぱし、五、六十年やってはったんだっしゃろね。ほかにもネタ一つしかない人はぎゃうさんあったらしいですわ。
藤本 小米喬さんも一つだったらしいですな。
松鶴 そうだっしやろ。「蔵丁稚」だけしかおまへんな。
藤本 円都師匠は、ぼくは亡くなる前に対談させてもらいましてね、いろいろ聞いたら、ふっとおかしなことをいいはりますな。
松鶴 ええ、やっぱしね。
藤本 そのいい方が、たとえば誰それさん、いまどこにいてはりまっしやろというと、「そうでっしやろな、いまねェ、あいつはねェ、心斎橋あたり歩いているのと違いまっか」。こっちは困るわね。われわれ聞くのは、どこそこの家、どの辺にいてはるかというんだけども、イメージの世界で言いはりますな。「魚釣りしているのと違うか」とか、「今頃きっと飯食うてる」とか、それが僕らにはわからんですな。それがシャレなのか真剣なのか。
松鶴 シャレでいうてはるんだっけどね。
藤本 シャレに聞こえぬのですな。だから、こっちも笑うたらいかぬかいなという感じでね。
師匠の場合、いままで見てきはった奇人の中で、自殺した人もぎょうさんいるでしょう。
松鶴 噺家で名前成して、自殺しやはった人おまへんで。
藤本 いや、名前を出すまでに。
松鶴 聞きまへんで、わたいは。先生聞いてはりまっか。
藤本 ぼくはそれをあんまり知らぬですけど。
松鶴 おまへん、噺家が自殺するような話は。
藤本 漫才はぎょうさんあります。あれは二人でやってるさかい、性格が違うんですか、漫才と落語家というのは。
松鶴 落語家になるやつは、案外神経が図太いちゅうのか、どんな苦しいことがあっても、悩んでも、死ぬということは絶対におまへんな。芸に悩んで死んだちゅうたら、東京の梅橋くらいと違いまっか。また、理屈っぽいことばっかし言うてましたさかいね。大阪の噺家で自殺した人は、おそらくわたしは一人もないと思います。
藤本 聞かぬですな。たとえばいま梅橋さんが出ましたけども、つまり理屈で割り切れぬから、芸でしょうな。
松鶴 そうです。
藤本 それを割り切ろうとしたら、えらいことになりますな。
松鶴 もう自殺するか、やめるか、どっちかでんな。
藤本 しかし、出発が下手なほうがゆっくりいけるでしょうな。初めから上手いちゅうのは、期待されたら、えらいことでしょうな。
松鶴 これはもう偉い者になるでェちゅうて、いま東京で大きな名前継いではるけど、それは神童とまでうたわれたのが、だんだんだんだん歳いって、いまだにあきまへんわね。
その3「呼吸を盗む」につづく。
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収録音源は『猫の災難』『三十石』『天王寺詣り』
↑ビクターのスタジオ音源のようです。
・・・と思っていたら、「全席初出し音源」と書いてありますね。機会があったら確認してみます。
↓こちらも「上方はなし」からのセレクト。
六代目 笑福亭松鶴 セレクト1
ディスク:1 高津の富、天王寺詣り
ディスク:2 貧乏花見、蛸芝居
六代目 笑福亭松鶴 セレクト2
ディスク:1 らくだ、ちょうず廻し
ディスク:2 饅頭こわい、遊山船
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